喉頭がん治療のために声帯を摘出したミュージシャンのつんく♂さん(46)が、
手記「だから、生きる。」(新潮社、10日発売)の刊行を前に、
がんの発覚から、手術を経て声を失った現在までの心境を明かした。
告知を受けた時の衝撃、以来ずっと胸を離れることのない
「僕はあと、どのくらい生きられるのだろうか」という不安、懸命に支えてくれる家族への感謝……。
つんく♂さんは、生と死の間で揺れ続けたこの1年半の思いを、キーボードに打ち込むことで“語った”。
今は「歌に頼らずに、自分には何ができるのか」と模索している段階だといい、
命には限りがあるとはっきり意識した上で、「残りの人生を楽しく生きる」と決めているのだという。
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150908-OYT1T50000.htmlhttp://www.yomiuri.co.jp/photo/20150908/20150908-OYT1I50000-L.jpg
痩せ方がそんな感じだよね
転移が無い事を祈ります
愛娘のデビュー曲作れたのは唯一の救いだな
運次第だろ
0から癌になる奴よりは多いくらいやない?
早期発見ができてればこんなことにはならなかったのにな
http://news.walkerplus.com/article/64312/
ただし医者には「大丈夫」と言われており精密検査は受けて来なかった
しかし、一向に治る気配はない。他の病院の医師の勧めもあって受けた検査でがんが見つかった
1人の医師の云う事を信じちゃイカンね セカンドオピニオン、サードオピニオンが大切
ただのラブソングだと思ったら子供への愛情を歌った曲だったり
何がいいのか悪いのかよう解らんわ
最高に無茶して欲しい
有頂天LOVEがかかってるんやで
ピョコトラも
つんく♂が唄う仮歌バージョンがかかり騒然とする会場
そして後ろの階段から降りてくるつんく♂
今、今後作るつんくの楽曲が聴きたい
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/6f/Beethoven.jpg/499px-Beethoven.jpg
http://www.yomiuri.co.jp/photo/20150908/20150908-OYT1I50000-L.jpg寄せてきたな
よし浪速のベートヴェンで売り出そう
家も親父を癌で亡くしたから分かるが筋肉がみるみる無くなって壮絶な痩せ方するから分かる
まあ長生きしてくれ
俺の叔父さんは70過ぎまで生きたぞ
しかも最後は交通事故で亡くなった
数年前から声が擦れるなど喉の調子が悪かった
当時かかっていた病院では「大丈夫」と言われ精密検査は受けてこなかったが
一向に良くならず、別の病院で検査したら、喉頭がんでステージ2、
抗がん剤と放射線治療で「完全寛解」とお墨付きを貰った
しかし、それでも違和感があったので別の病院で検査したら、
ガンが残ってると言われて、声帯摘出
最初の病院が悪いわ
つんくが行く病院なんて凄いところだろ
わんちゃんならおしっぽグルグルだよ!とか書けるのが凄い
ttp://rikachanhouse.com/887.html%E3%80%8D
手術を受ける数時間前、
最後の声で子供たち、妻へメッセージを残した
長女へは
「素敵な声をしているんだから
歌の練習をもっとしようね
お父さんの分まで歌うって前にも言っていたもんね」
最後にいろんな口調で妻の名前を呼んだ
「これからも何万回となく呼べると思っていた」
妻は泣きながら僕の声を聞いていた
そして手術を受け、声帯を摘出したのでした。
術後は元気を失っていた。
そんなつんくさんが立ち直る手助けになったのが
TOKIOがわざわざ来てくれるということ。
いつまでも病人、病人、してるわけにはいかない。
自宅で行われたTOKIOとのセッション。
そして、
贈られた色紙に書かれていた言葉がつんくさんを大きく勇気づけました。
つんくさんをささえたその言葉とは?
TOKIOのメンバーが贈ってくれた色紙には
真中に大きく「頑張ろう!」と書かれていた
「他人事じゃなく、自分の事のように考えてくれる」とても嬉しかった
つんく「僕はあと、どのくらい生きられるのだろうか」
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/morningcoffee/1441680439/




いつ作った曲なのかすごく気になる